2007年11月21日
反町ジャパン
反町ジャパンが北京五輪アジア最終予選の最終戦でサウジアラビアと0-0で引き分け、
北京五輪の出場を決めた。
日本代表は、ホームゲームである事と前節のベトナム戦を圧勝している事もあり
世間は、断然有利と思っていたに違いない。
ナショナルスタジアムに空席が目立った事からもその事は、伺える。
やはり、社内でもサッカーに興味のある8人中7人が「日本が勝つ」と予想していた。
もちろん、「サウジが勝つ」と言ったのは、私である。
「勝ってあたり前」のゲームが一番、難しい。それがプレッシャーになる。
案の定、ゲームは、接戦となり「辛うじてドロー」に持込み、何とか五輪出場権を得た。
しかし、ピッチに立つ日本選手たちは、以外に「冷静」だった。「大一番」の経験があったのだろう。
それに比べて「反町監督」は、緊張とプレッシャーで放心状態。
選手交代の3枚のカードを1枚も切らず、コーチングも出来ない。
「自分が動く事」を完全に拒否していたし、「勝敗の責任」を選手に転換していた。
これは、「責任問題」である。
日本サポーターがこの目先の勝利に酔ってしまい、「本当に反町で五輪に勝てるのか?」という批評が
出来ないようでは、五輪サッカーで「日の丸の掲揚」を見ることは、できない。
