2007年11月27日
岡田ジャパン
「オシムジャパン」が「岡田ジャパン」に変わる。
なぜ、今さら「岡ちゃん」なのか。
彼は、97年W杯アジア予選中に更迭された加茂監督の後任で「監督」なり
W杯初出場を果たした。しかし、これは、彼の功績だろうか?
戦術やメンバーの選出にしても前監督からの「変化」は、差ほど見られなかった。
私は、「加茂」でもW杯に行けたと思っている。
岡ちゃんが指揮を執った初出場のW杯では、惨敗。
ある意味仕方がない部分もあるが調子の上がらない「城彰二」を
使い続けた岡田武史は、間違いなく「A級戦犯」である。
そして、何よりも問題だったのは、日本サッカー界の至宝である
「KING KAZU」を本大会メンバーから外した事。
これに何の意味を持たせようとしたのか?私は、未だに理解が出来ない。
こんな「岡ちゃん」でW杯予選を勝ち抜く事が出来るだろうか?
私が日本人の中から代表監督を選ぶなら
日本サッカー界のカリスマ、Jリーガー第1号「加藤久」にする。
